アレクサンドル・ユユスキーのブログ

ふぁぼんが適当なことを言うブログ

「約束の国」感想

この本はカルロ・ゼン同志による共産主義英雄譚であり、その名の通り右傾化が進む[要出典]ライトノベル業界と一線を画すレフトノベルといえるだろう。まさに革命的小説である。

警告

約束の国が神小説であるにも関わらず、ネットの海には感想記事がほとんどないし、あっても短い。やっぱりこの小説だいぶニッチなのかな、やっぱり今どき共産党なんて流行らないのかな?

というわけで、この記事は「私ならもっと語れるぞ」という傲慢80%と社会主義万歳20%で構成されています。幼女戦記の主人公のような市場原理主義者は読むのをお控えください。読んで不快感を覚えても責任は取らない。忠告はしたからな。

え?主人公たちは社会主義なんて信じていない?知らんな。ぶっちゃけイデオロギーなんかより人民の安寧の方が大事なんだよ。

あらすじ

タルヴォイ民族主義を掲げ、ヒルトリアの抑圧を跳ね除けクナーアン共和国を建国したダーヴィド。しかし民族主義の夢は無残にも破れ経済は破綻、妻カーネリアの後を追う形でダーヴィドは自殺した。
しかし、気が付けばヒルトリアの士官学校で学んでいた頃に戻っていた。
民族主義に蝕まれ汚職がはびこるヒルトリアで破局を避けるべく、ダーヴィドは辣腕を振るうが……

雑感

クナーアン(カナン)は現在のイスラエルにある場所であり、聖書で「乳と蜜の流れる土地」とも言われた。しっかし「約束の地」の名前がついた国が失敗国家って冗談キツイぜ……

主人公について

同志の小説で一番有名なのは「幼女戦記」だが、あの小説の主人公は明らかにヤバイから感情移入が極めて難しいと思う。というかあれは幼女に感情移入するものではなく、普通の架空戦記として楽しむべきものです。

ただ、この小説は違う。

この小説は、人間讃歌だ。1人の普通の男が、どうしようもない腐った現実を前に、最悪の事態を避けようとする物語だ。
まあつまり、ダードは別に狂ってないから共感しやすいですよ。

扉ページの文章

章が始まるページに書いてある何らかの文章が素晴らしい。例えばこういった感じのやつ。

「父なる共産党と母なるヒルトリア連邦は、
皆さんの夢を心の底から応援します。
新しい人間諸君!諸君は、今や自由な労働者であり
ヒルトリアの未来を担う希望の若者です。さあ、君の夢は?」
「孤児です」
約束の国1巻第一章「ヒルトリア連邦」

アネクドート(政治風刺の小話)とは何と素晴らしいことか。まあ同志そういうの好きそうだしなあ。
アネクドートではなくダードの言葉とかが入るときもあって、そういうときは話の展開と合わせて考えると趣深い心持ちがするので是非。

ここからネタバレ入ります。読んでない人は避難してね。

















3巻とニコとサーシャ

3巻を読んでみると、ニコが絶対に果たせないであろう食事会にダードたちを誘うところとか、最期の晩餐とか、ニコの手紙とか、とにかく胸に来るシーンが多い。

特に、サーシャがニコを撃つシーンが悲しいけど好き。

ニコとサーシャがどのような関係だったかは分からない。お互いに(あるいは片方が一方的に)恋愛感情を持っていたかもしれないし、ただの友人だったかもしれない。でも、ダードの言う「最小限度の犠牲」を嫌う者同士として、特別な思いはあったと思う。
だから、サーシャがニコにとって特別な存在だから、サーシャはニコを撃てた。こういう関係って素敵だと思う。悲しくも美しい関係。

4巻

人間はどうしようもなく愚かで、そして無力だ。ダードとて思い通りにならないことの方が多いし、結局デウス・エクス・マキナ計画は失敗した。
それでも、兄弟殺しは避けられた。血みどろの内戦、狂気が支配する世紀末だけは回避できたのだ。目指したところとは違うにしても、軟着陸だけは成し遂げることができた。

そして、クライマックスの衝突回避から一転して穏やかなトルバカイン主席との会話。そして新婚旅行という伏線を回収してエンディングへ。

まさに、終わり良ければ全て良し。余韻が残る完璧なハッピーエンド、わたくし脱帽いたしました。この内容でこんなハッピーエンドって、さすがカルロ・ゼン同志……

終わりに

願わくばカーナとダードとジンに平穏を、ニコとサーシャに安らぎが与えられんことを。そして、約束の国ヒルトリアよ永遠に!

サーシャ結局死んだとは書かれてないなそういや