横浜駅SFの人の第二作「重力アルケミック」を読んだ。買ってからもうすぐ2ヶ月、ちょっとずつ感想を書いてたけど遅々として進まなかった。普段Twitterで脈絡のない短文を連ねることに慣れてしまうと、人はこうも文章を書けなくなるものなのかと思った。文章力のリハビリにブログはちょうどよさそうなので、これからも継続して更新していきたい。
あらすじ
重力を司る「重素」の過剰採掘により膨張を続け、ついに10倍もの大きさになった地球。会津若松市に生まれ育った湯川航は、遠くに行きたい一心で上京し大塚大学理工学部に入学した。非生産的な日常を送る湯川だったが、バイト先の古本屋で見つけた本をきっかけに、重素を用いない「飛行機」を作ろうと思い立つ。
全体の感想
科学、工学、ものづくりの楽しさを教えてくれる有益SF。ずっとワクワク感が止まらなかった。
理系大学生の4年間の大学生活を描いたもの。地球が膨張を続けているという終末ものにもできそうな舞台設定だけど、この本は主人公の回想の形式で平凡な大学生活が語られている。確かにSFだけど、特に前半の主役は重素とかの技術ではなくあくまで湯川の日常。だから「滅びゆく地球、そして立ち向かう主人公」みたいな話はない。とはいえ、後半部分、飛行機を作ろうと思い立ってから実際に飛ぶまでの1年間は劇的な山場がなく地味なものの、胸熱展開で良かった。流体シミュレータの使い方や流体力学を学び、揚力を最大限得られるような機体を設計し、部品を研究室の備品で作成し、組み立てて、飛ばす。そうやって一歩一歩目標に向かって確実に進んでいくあたりが特に。エンディングも希望溢れる終わり方で非常に良い。
一般的に青春というと中高生、とくに高校生のイメージがあるけれど、この作品は良い青春小説だと思う。湯川みたいに目標に向かって一歩ずつ進んでいく、そんな大学生活、そして青春を送ってみたいと思った。
世界観
地球が膨張しているという設定上、この世界とはだいぶ違う点がある。重素という便利なものを使えば確実に物を浮かせられるので、揚力で飛ぶ飛行機は存在しない。そりゃそうだ。他にも膨張した世界ならではの風景や問題がいろいろ描写されていて面白い。
この世界の物理法則についてはあまり触れられていないのでよくわからないけど、おそらく真面目に考えると面白い考察ができるだろう。僕はやらないけど。
キャラクター
一言で言うと、すごく好み。
まず主人公の湯川が理系大学生で、この時点で最高。あとヒロインの宮原さんが「このままでは人生のピークが国際数学オリンピック日本代表で終わってしまう」なんてことをのたまってるので最高。僕も一度くらいは「このままでは人生のピークが国際化学オリンピック日本代表で終わってしまう」とか言ってみたい。あと宮原さんに数学教えてもらいたい。
文章
地の文の言葉遣いが自分のと似ていて親近感を持った。
頻繁に挟まれるギャグが面白い。大爆笑できるわけじゃないけど、クスッと笑える。ウィットっていうのかな。ただ、中には歴史や科学の知識が前提になってるものもあるので、人によっては面白くない(わからない)かも。例えば、こんな感じに。
まず登場するのは「化学の父」と呼ばれる18世紀フランスのラボアジェ。(中略)空気から酸素を分離し、岩石から重素を分離し、火から燃素を分離し、それまで元素だと思われていたものが複雑な化合物・混合物であることをどんどん解き明かしていき、最終的にギロチンによって首と胴が分離された。フランス革命万歳。民主主義万歳。
(38ページより抜粋)
ラボアジェがフランス革命でギロチンにかけられて死んだのは有名な話。ラグランジュが「彼の頭を切り落とすのは一瞬だが、彼を超える頭脳が生まれるのに100年はかかるだろう」と嘆いたのも有名な話。
総評
最高。柞刈湯葉さん、本当にありがとうございました。