天才クールスレンダー美少女になりたい

チラシの表(なぜなら私はチラシの表にも印刷の上からメモを書くため)

弾く人と聴く人を繋ぐ音: 「エイティエイトを2でわって」に関する走り書き

この記事は「きらら同好会 Advent Calendar」の3日目です。

adventar.org


先日、東大きら同の合同誌「Micare Vol. 3」が発行されました。合同誌は冬コミや通販でも頒布される予定なので、未入手で興味がある人はそちらでゲットしてください。私は「エイティエイトを2でわって」の布教文章を書いて寄稿しました。

当然記事を書くためにエイティエイトを何度も読んだのですが、そこで降ってきたネタを文章に全部詰め込めたわけではありません。「エイティエイトを未読の人にオススメする」という趣旨だったので物語の前半部分にしか触れていませんし。なので、書かなかったネタをこのブログ記事で供養します。



寄稿ではエイティエイトのうちピアノを弾く二人(主に奏と美弦)の関係にフォーカスしました。1行で要約すれば「連弾ってコミュニケーションだから物語を動かすのにピッタリ」という話です。人間関係や気持ちの変化は物語を前に進める重要な要素なので。

ですが、エイティエイトで心を通わせるのは奏者の二人だけではありません。弾く人と聴く人が演奏を通じて繋がるという要素を無視しては片手落ちになってしまいます。

挫折して人前でピアノを弾けなくなった奏が立ち直ったのはもちろん美弦のおかげなのですが、冒頭のシーンと1巻ラストのシーンで美弦の立ち位置が変わっています。物語の始まりが「美弦と二人なら弾ける」であるなら、1巻のクライマックスである音楽祭の独奏は「美弦のためなら弾ける」でした。最後のシーンにおいて美弦は連弾相手ではなく聴く人です。このシーンでは観客がピアニストにプラスの影響を与えうるという話がなされているわけですね。もちろん弾く人から聴く人への働きかけについても、1巻53ページの美弦がストリートピアノを弾くシーンなど随所で表現されています。聴いた人が元気になるとか感動するとか、そういった力がピアノ演奏にはあります。

ところで、そもそも挫折に打ちひしがれていた奏がなぜ美弦との連弾なら大丈夫だったのか、そしてなぜ音楽祭で「美弦のため」と考えることで独奏を披露できたのか、という根本的な2つの問いについてはまだ考えていませんでした。

23ページ、25ページ、109ページなどにはっきり描写されている通り、挫折した奏を縛っているのは不安と恐怖です。それはもちろん「上手く弾けなかったらどうしよう」という怯えなのですが、より正確に表現するなら「下手だと誰かに幻滅されたり非難されたりするのが怖い」ということではないでしょうか。「誰か」はホールにいる観客かもしれないし、あるいは自分の演奏を聴いている自分自身かもしれません。おそらく奏は自分を非難する観客の幻影に怯えているものの、演奏自体がダメなわけではなさそうです。

ゆえに、1巻の冒頭で美弦に引きずられるように連弾を始めたとき、奏は美弦の音を聴いて合わせる以外のことを考えずに済んだのでしょう。美弦の行動が突然すぎて余計なことを考える暇がなかったという要因もありそうですが、同時にその場には奏と美弦しかおらず、「観客」がいなかったという事実も重要です。冒頭の連弾シーンについては、奏が第一歩を踏み出せたのは「聴かれている」ことを意識せずにすんだからだと要約できるでしょう。実際、46ページの2回目の連弾で奏が自分の演奏に違和感を覚える描写がありますが、これも当時ほぼ初対面だった来夢とゆずを「観客」として意識してしまったからだと解釈できます。

もちろん奏は最終的に音楽祭で会心の連弾を披露しているので、徐々に連弾に対する恐怖心を克服していったのは明らかです。連弾は相手と息を合わせるのに神経を使うので他のことを考えている余裕はあまりなさそうですし、二人いる分だけ重圧も半分になるでしょう。

しかし、それでもなおピアノ独奏は奏にとって高いハードルであり続けました。音楽室で一人ピアノを練習しているシーンがあるように独奏自体はできるようになったものの(80ページ)、練習しているところを美弦たちに見られたくないという発言からは演奏を聴かれることへの抵抗感が読み取れます。45ページでも連弾の前に一人で弾こうとして手が震えるシーンがありましたね。

その高いハードルを奏が乗り越えられたのは「美弦のために」弾いたからでした。この部分の因果関係がはっきり書いているわけではありませんが、ある程度の想像はできます。奏にとって顔の見えない「観客」という集団は今にも自分を糾弾せんとする恐ろしい存在である一方、美弦たちは奏を応援してくれる友達です。美弦ひとりに演奏を届ける意志を固めた結果、「観客」の影から意識が逸れ、奏はようやく再び人前でピアノを独りで弾けるようになったのだと思います。

いやあ、百合のオタク的にもこういう展開ってめちゃくちゃアツくていいですね。早口オタクになっちゃう……



ところで、観客に対する恐怖について、別の作品でも描かれていましたよね。きららが誇る音楽漫画の……いや今回はけいおんじゃなくて……そう、ぼざろです。

ぼざろ1巻の91ページ、「観客」に笑われるのを怖がるぼっちに対し、ファン2号さんが「がんばれ〜」と声をかけたことで、ぼっちは「初めから敵なんかいない」ことに気づきます。こちらも観客をひとかたまりの敵対的な存在としてではなく顔のある一人一人の集まりだと理解することで恐怖を払拭できたわけで、エイティエイトと本質的にかなり近い展開なのではないでしょうか。



きらら同好会 Advent Calendar 2024、明日(4日目)の担当は名大きらら同好会さんです。