私がこういう文章を書くのは2020年4月以来、約2年ぶりらしい。
惨事に便乗してアクセス稼ぎみたいな感じになりそうで微妙な感情もあるけど、後で「お前、悲観しすぎwwww」と笑い飛ばすために書いておこうと思った。
まあ、多少旧ソ連を知っているからといって、現地には遠くシベリアのイルクーツクに1回行ったきりだし——コロカスがなければもっと行けたはずなんだけどね——、専門的な知識があるわけでもない。しょせん「ロシア語ができて平均よりは旧ソ連を知っている」程度の素人の戯言である。とはいえ、旧ソ連研究者の卵の卵くらいの矜持はある。
軍事面
正直なところ、あまり良い見通しが持てない。現地の民間人などの犠牲や国際法違反、「国際社会からの非難」を気にせずロシア軍が見境なく攻撃すればかなり厳しいことになるだろうし、ロシア軍はそれをする軍隊だ。
もっとも、チェチェンやシリアみたいなことを正規戦でやるのは現状分析能力を失っているとしか思えないが——ウクライナ軍の主力は別に都市に籠って抵抗しているわけではない——、軍事的にめちゃくちゃということは戦争目標がグダグダなのか目標を具体的な戦術レベル計画に落とし込むのがグダグダなのか、まあそういうことなんだろう。
落としどころ
分からない。たぶん専門家もみんな頭を抱えている。
「プーチンが当初考えていた落としどころ」を推測する論考はいくつかあるが、少なくともそういうプランAは失敗したと考えるしかない。となるとプランBなのだが、どうなったとしても凄惨なことになる未来しか私には見えない。
ウクライナは降伏しない。ウクライナをそういう国にしたのは他でもないプーチンだ。この8年のロシア政府の行動が、言語や民族を問わない「ウクライナ」という国民意識を強固に作り上げた。ウクライナに住む民族的ロシア人の間でもウクライナへの愛国心が増し、ウクライナ語の習得に意欲を見せる人も増えた。
言語や民族の問題がウクライナにおいて完璧に解決されたとは言わないし、腐敗その他の問題も深刻だが——だからこそ腐敗と無縁のゼレンスキーが予想外の支持を集めているという側面もある——、それはそれ、これはこれ。ましてやジェノサイドなど起きているはずもない。
じゃあ、どうなるんだろう。軍が組織的な抵抗を続ける間はまだいいが、それが潰えてしまったら、その後待っているのは……あまり考えたくないが……
サンクコストとかいうやつの恐ろしいところが最も如実に現れるのが戦争、勉強になります……(そんなこと言ってる場合じゃない)
ロシア政治の話
私が悲観的なのはここの部分も大きい。
インテリゲンツィヤたちの少なくない数は反プーチンだし、そうでなくとも今回の戦争に賛成という人はあまりいないだろう。
ただ、ロシアは一般にインテリ層とそうでない層の分断が激しい国だ。そして、そうでない層に対してはプーチンのメディアコントロールが十全に効いている。政治に関心の薄い「普通のロシア人」がこの戦争に対して疑問を差し挟むかというと、私は正直なところかなり悲観的だ。イズムィコ先生が言っているように「1行で突っ込める」稚拙な筋書きだが、そのツッコミに必要な知識がロシア市民に広く与えられているとは到底思えないし、与えられていたとしてもそんなことを考える人は少数派だろう。「兄弟国ウクライナを乗っ取ったファシストを滅ぼすための戦争」というストーリーがどれくらい浸透しているかは知らないが、もし十分に浸透しているのだとしたら、それは悪夢になり得る。制裁その他で生活が苦しくなっても、その大義名分をロシア市民が信じている限り、支持率が下がるどころか上がる可能性すらあるかもしれない。なにせ、自分たちが苦しくなっている直接の原因は「西側」の制裁なのだから。「西側」への怒りが政権支持に直結するのはさほどありえないシナリオではない。
「明確なデッドラインを超えたのはプーチンなのだから、その怒りはプーチンに向けるべきだ」というのは、確かに論理的には正しい。正しいが、今のロシアにおいて市民の怒りがどこに向かうかを考える上でそんな正しさなんて1ミリも役に立ちやしない。かつて国際社会から孤立し経済的に追い込まれた国家が何をしたか、そしてどれだけの国民がその凶行を支持したか、考えてみればいい。
むろん、今と1940年では何もかもが違う。だから「プーチンの支持率はむしろ上がり、どうしようもなくなる」と断言することはできないが、その可能性があるということだけは指摘せねばなるまい。
これは極度に悲観的なシナリオだが。
もっとも、あのロシアで反戦デモが起きる程度には民意をコントロールできていないわけで、そう考えるとメディアなどによる国民の統制というのはさほど盤石ではないのだろう。
さらに、それとは別の要因として、厭戦気分が高まる可能性はある。ロシア側の死傷者がここまで増えると、いくらなんでも。国内向けかつ短期的には誤魔化せても、長期的にはどうしようもないだろう。制裁の影響とあわせて、これもさっきの「大義のため」という市民感情の強さとの兼ね合いになるけれども……
実際にはいくら正当化したところで経済的に苦しいものは苦しいし、ロシアから侵攻している以上大義名分を掲げたところで「死者が大量に出てる、経済も苦しい。ファシスト退治? そんなのもうどうでもいいよ」という感情が市民の間で広がる可能性はそう低くないのかもしれない。防衛戦に比べて侵攻は大義名分の強さが格段に下がるし、苦戦すればなおさらだ。
決定論的な非線形系にしばしば見られる初期値鋭敏性のことを「バタフライ効果」と言う。これは「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」という比喩に由来する言葉だ。
そして、決定論的かすら怪しい人間が大勢集まった社会なるものは、数学的に厳密な意味でのカオスかどうかはともかく、あまりに予測不可能であるのは確かだ。「サライェヴォで放たれた数発の銃弾はヨーロッパで世界大戦を引き起こす」とでも言えばいいか。本当にちょっとしたことが違っていれば、歴史上の大イベントは全く違った展開になっていたかもしれない。皇族どころか、どこにでもいる1人の人間の死すら歴史を動かす可能性がある。
というか、初期値もおぼろげにしか分からない上にモデルの正当性も怪しいのだから、未来を予測するなんて不可能に決まっている。初期値鋭敏性とか気にする以前の問題。
プーチンの思考も、ロシア市民の動向も、全てが不確定要素だ。未来は神のみぞ知る。無神論者なら「未来は誰も知らない」と言うだろう。全能でない我々にできるのは、ありえる可能性を列挙してみせることだけだ。たとえ、それすら外れる可能性が十分にあったとしても。
「敵性語排除」の話
まあ、ウクライナの地名をウクライナ語で書くのはエンドニム優先の流れというだけで——ウクライナにとってロシア語は「外」の言語かという本当に厄介な議論は見ないことにする、個人的にはサカルトヴェロ(ジョージア)とは違い「外」とまでは言えないと思う——別にいいのだが、ロシア的なもの(文化など)に対する風当たりが強くなったりすると最悪だなあという気持ちがある。
前者のことを指して「太平洋戦争時の敵性語排除みたい」という人がいるが、それはまた別の文脈だろう。一方で後者は明確に「敵性語排除」とのアナロジーで語れる現象だ。国家と国民・文化の同一視、民間人の側で作られる「なんとなく」の雰囲気、エトセトラ。いくらロシア政府の言い分が無茶苦茶でウクライナが一方的な被害者だとしても、それでも一定のラインで「それは違う」と言わなければならない。
私個人としては、「国家の行為の責任は国民に一切ない」とまでは主張できないと思っている。ナチス・ドイツとドイツ国民の共犯関係などの事例から分かる通り、それはナイーブすぎる。しかし、だからといって「プーチンを止められなかったロシア人が悪い」なんて論理を展開するのは程度問題というものを無視した暴論だ。どれだけ完璧に民主制が機能している状態でも無理がある上に、ロシアの民主制が民意をまともに反映できているなんて口が裂けても言えるはずがない。
というか、そもそも「集団が『責任』を負う」とはどういうことかという問題についてちゃんと議論をしてから出直してほしい。さらに、「ロシア人が悪い」という命題を5000兆歩譲って認めたとしても、それと「ロシアに関する諸々をキャンセルしよう」という主張の間にもドニエプル川より広い議論の飛躍がある。
とりあえず、ロシでれが打ち切りになりでもしたらカドカワにカチコミしに行くと思う。編集部? のロシア語に対する姿勢に多少不信感はあるが、それでも作品としては好きなので。
それはそれとして、落ち着くまで沈黙する選択を取る可能性は十分にあるし、それはもうカドカワではなく社会とかいうカスがカスなのが悪いし文句を言うつもりはない。
それはそれとして、私に誹謗中傷が来たら本当に楽しいので来てほしい。みなさ〜〜〜〜〜ん、ここに「親露派」がいますよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あれかな、もっとメディア露出とか寄稿とか増やして注目されないと誹謗中傷来ないのかな。つまんねえ。
逆に五毛党のロシア版みたいなやつから目の敵にされるルートも楽しそうだが、いかんせん五毛党と違ってロシア政府大好きネット荒らしなんぞ、私が知る限りではほぼいない。
自分自身の感情について
愛する国が愛する国に侵攻して、見慣れた街並みが瓦礫と化していくのをリアルタイムで見せられている。これで心の平穏を保てというのが無茶だ。
むろん、国という枠組みで考えることの無意味さを指摘することはできるだろう。それでも、結局傷つき死んでいるのはロシア人でありウクライナ人であるという事実に対する慰めにはならない。
こんなときでも、私は書くことでしか生きられないから。だから、書いた。
艦これのSSではあるが、読むのに必要な予備知識は「第二次世界大戦の頃の艦船の『思念』を引き継いだ『艦娘』という存在が『深海棲艦』なる人類の敵と戦っている」というところだけだ(正確には、思念云々は公式設定というより私なりの解釈だし、深海棲艦との戦いは終わったという独自設定も入っているが)。あくまで「ソ連艦の3人がどう感じるか」がテーマだし、「彼女の来歴からしてこんなこと思わないだろ」みたいな無理な発言はさせていないけれど、結果として自分の感情はだいたい吐き出せたと思う。
吐き出せてもしんどいもんはしんどい。ここ5日の平均睡眠時間は9時間15分で、どんだけ疲れてんだよという話だ。5日前にはプーチンの妄想演説や開戦をリアルタイムで見て徹夜していたことを考えても、それでも。
確かに「私のロシア語能力はそれなりに実戦で使える」という自信を得られたのはデカいけど、ここまでの最悪な情勢で実感したくはなかったねえ……
本記事執筆時の作業用BGM: キノー「血液型」