天才クールスレンダー美少女になりたい

チラシの表(なぜなら私はチラシの表にも印刷の上からメモを書くため)

ぼっち・ざ・くりてぃーく!

「ま、批評は陰キャでも輝けるんで」

 テレビから流れてきたその言葉は、私の人生を変えた——






 批評。
 作品を読んで、感想を書いたりその価値を論じたりする営み。

 テレビに映る批評家に感化された私は、ちょうど家にいた父親に学習ノートをねだった。

「おっお父さん、ノートちょうだい!」
「別にいいけど、急にどうした」
「批評! するの!」




 あれからはや2年。毎週数冊の小説を読んで、たまに映画も見て、それぞれについて文章を書く練習をして。最近はnoteに載せてる感想記事のPVも増えたし、面白いって言ってくれる人もいるし。
 そろそろ同人誌出せるんじゃない? 誰か声掛けてくれないかなあ。リアルの友達はいないけど……



 まあ、うん。ダメでした。
 さすがに自分で動かないとマズいな、って高校生活の初めの1ヶ月で思い知ったし、全身サブカル批評女子スタイル——文フリでpixivが配ってた布のトートバッグとかゲンロンの新刊とか——で登校してみたりもしたんだけど。誰も声かけてくれない。みんな東浩紀のアンチなのかな? それとも文フリのバッグなのが伝わってない?


「えーっと、『この作品はどうしても他人事だと思えなかった。私もずっと押入れでキーボードをカタカタさせているのがお似合いで、インターネットという暗い世界から飛び出す勇気は全然なかったから。』、とかかな。うわー鬱だ……」

 次にうpする記事の内容を考えながら、学校の近くの公園で一人郷愁にふける。公園でぼっちは私だけ。近くにいたおじさんだけは同類だと思ってたのに、子供と母親らしき人が迎えに来たし。家族連れかよ。
 そんなことを考えていたら、突然走ってきた高校生くらいの女の子が私を指差して叫んだ。

「あー! 文フリのバッグ!」
「えっあっはい」
「読む側? それともひょっとして書く側だったりする?」
「えっあっ」
「あっいきなりごめんね。私、下北沢高校2年、伊地知虹夏」
「後藤ひとりです……」
「それで、ひとりちゃんはもしかして文章を書いてたりしない?」

 いきなり名前呼びって距離の詰め方ヤバくない? それとも私が人見知りすぎるってこと?

「あっかっ書いてます、批評をちょっと」
「ちょうどよかった! 私たちのサークルのメンバーが1人夜逃げしちゃって原稿足りないんだけど、今回だけヘルプで寄稿してくれないかな! うかうかしてると入稿の期日過ぎちゃう!」
「えっむっむっ」
「無理だったら全然断ってくれていいんだけど……いや大丈夫だけど困ってて……」

 それ、絶対大丈夫じゃないやつだ。

「えっあっ、その」
「ほんと? ありがとう!」
「あっはい」

 いやちょっと、私まだ何も言ってない!

 まあ、ここで断る勇気があればね、私こんなのになってないし。うん。




「ほんとに身内のサークルだしコピ本だから全然緊張しなくていいよ! うちのお姉ちゃんが編集とかやってくれてるんだけど」

 下北沢はオシャレな街だ。間違いなく、私がいてはいけないタイプの。

「ところで、ひとりちゃんって同人誌に寄稿したりしてないの?」
「あっ興味はあるんですけど友達がいなくて……普段はnoteに批評を上げたり……」
「へー、どんなの読んだり見たりしてるの?」
「うっ売れ線のコンテンツはだいたい全部……」
「すごい執念だ」

 私が全身を下北沢陽キャオーラに攻撃されて縮こまっていると、虹夏ちゃんの口から思いもよらない名前が出てきた。

「批評といえば私ちょっと憧れてる人がいて、ヒヒョーヒーローって名前なんだけど」

 それ私! うわめちゃくちゃ嬉しい!

「名前はめちゃくちゃ痛いけど、何かの縁で文章書いてもらえたら嬉しいな〜」

 えっあれダサいの!?

「私、ヒヒョーヒーローさんがnote上げるの楽しみにしてるんだ」

 ずっとリアルでは孤独だったけど、こんなところに読んでくれる人がいるなんて……。

「ありがとうございます……」
「え、情緒ヤバすぎない?」



 その後、山田リョウさんというサークルメンバーとも対面した。変人と言うと喜ぶちょっと変な人だったけど。「ぼっちちゃん」なんてニックネームまでもらってしまって、だいぶ気分が舞い上がっていたのは否定できない。その場で寄稿のテーマをすり合わせたので、文フリ当日の朝までに書いてくることになった。題材は人気のアニメ。未履修だったからタイミング良くやっていたAbemaの振り返り一挙放送を見て、ちょっとした文章を書いた。……そのはず、だったんだけど。



「お、おう……」
「なんというか……個性的な文章だ……」

 当日の朝、私の文章を読んだ虹夏ちゃんとリョウさんは硬直した*1。あれ、なんで?

「ま、まあ、あたしだってそんなに文章上手くないし……」
「とりあえず印刷して製本しよう」

 虹夏ちゃんの家のプリンターで印刷し、冊子用のホチキスで綴じる。この作業を5回くらいやったあたりで、合計15部の本ができた。そこから会場に移動し、設営をする。

「というかサークル名まだ聞いてなかったですね……」
「結束バンド」
「なぜ?」
「たまたま手元にあったから。サークルだから結束しよう」
「もうちょっといい名前後で考えるから!」

 2人の会話を聞きながら、私は会場を見渡した。
 デカい空間。たくさんの机。無数の人。

「えっ今からさらに人が来るんですか」
「え? うん、そうだけど」
「人の視線……耐えられない……」
「……なら、この段ボール箱使う?」
「リョウ、その箱どこから」
「隣のサークルさんが余ったからくれた。ボロボロで撤収に使えそうにないって」

 段ボール箱に入ると、そこは私の慣れ親しんだ押入れだった。

「私の家……」
「なんで!?」






 私たちの同人誌は、ほとんど売れなかった。物好きの人が2人くらい1部ずつ持っていって、それっきり。でも、私の文章が印刷されて本になってるなんて、それだけでも私めちゃくちゃ輝いて……いや全然輝いてない! 謎の箱に入った陰キャがひたすらめちゃくちゃ惨めなだけだこれ!



「いやー、楽しかったね〜」
「3万円溶かした」
「あっそうですね」

 私はろくに見て回ってない。一抹の後悔を感じた。もしさらに一歩踏み出せたなら、もっと楽しかっただろうか。

「そうだ、打ち上げしない? ぼっちちゃんの歓迎会も兼ねて」
「ごめん眠い」
「きょっ今日は人と話しすぎて疲れたので帰ります……」
「結束力全然ない!!!」

*1:編注:本に寄稿する文章だからと奇を衒いすぎて非常に独特(婉曲)な文章になっていた。コミュ障……というか異常者ここに極まれり。