これはhishowcase Advent Calendar 2024の4日目の記事です。今日は19日だった気がするけど多分気のせいです。
この世界にはミステリというジャンルがあります。私の大好物です。
ミステリとは……ジャンル定義の話ってどこでも紛糾しまくるのでアレなんですけど、謎が提示して解かれるような作品のことを指します。とはいえ単に謎と解決があればOKというものでもないのが難しいところで、概ね意外性と納得感を両立させるような作品が好まれます*1。ミステリ作家が魅力的で不可解な謎とか斬新なトリックとかを考えるのも、ミステリに推理パートが入るのもそのためです。
あまりに「ミステリ的」面白さが重視されるせいで*2、ミステリ作品は物語として「不自然」で「人工的」でも許されることが多いです。というか、そもそも「手掛かりがあり、そこから真相が推理できる」という前提自体が現実では成立しづらいです。もちろん物語は多かれ少なかれ「不自然」なものですが、ミステリは格別に人工的かつ不自然であるのではないでしょうか。
そういう人工性や不自然さのせいでミステリにノれないという人は、たぶん一定数いると思うんですよね。
じゃあ当のミステリファン(ミステリ作家も含む)は、この宿命的な人工性についてどう考えているのでしょうか。もちろん「お約束」として受け入れるのが基本的な態度なのですが、一方で「ミステリってあまりに人工的すぎるだろ」という指摘も昔から散々なされてきました。ジャンルの不自然なお約束を破壊してみせるミステリ作品だっていろいろあります。
……確かにいろいろあるんですけど。
確かにミステリマニアは「ミステリのお約束」を破壊するような作品・議論が大好きですが、これを何十年も続けた結果「現代ミステリの最先端」ってもはや現代アートみたいな、内輪の文脈を共有する人の間でどんどん加速・先鋭化していく代物になりかけていると思ってて……[要出典]。たとえば「後期クイーン的問題」的な問題意識は一周回ってミステリファンの間で常識と化してると思うんですけど、そういう話をミステリファンでない人に言っても「そりゃそうでしょ」以上の反応は得られないと思います。そりゃそうなんだけど、そういうことじゃないんだよ……。結局、1周目の議論を共有してないと2周目の議論は意味をなさないんですよね。
その点、「虚構推理」は非常に上手です。
巨大な鉄骨を手に街を徘徊するアイドルの都市伝説、鋼人七瀬。
人の身ながら、妖怪からもめ事の仲裁や解決を頼まれる『知恵の神』となった岩永琴子と、とある妖怪の肉を食べたことにより、異能の力を手に入れた大学院生の九郎が、この怪異に立ち向かう。その方法とは、合理的な虚構の推理で都市伝説を滅する荒技で!?
驚きたければこれを読め——本格ミステリ大賞受賞の傑作推理!
虚構推理より
岩永琴子は妖怪たちから話を聞けるので、妖怪相手に推理をすることも多少あるとはいえ、真相を知るために推理をしているわけではありません。彼女たちがやる作業は「嘘の推理をでっち上げて人々を納得させる」こと、つまり究極の辻褄合わせです。これはもちろん真相を推理する一般的なミステリに対するアンチテーゼですが、変なミステリのオタク以外にも分かりやすい割り切り方なので、エンタメとしての強度があります。もちろんオタクらしく「後期クイーン的問題が〜、『真実』や『名探偵』の相対化が〜、多重解決が〜、ミステリに潜む陰謀論的想像力が〜」とか語ってもいいんですが、そういう話を完全に度外視して頭脳バトル的な文脈で読んでも面白いんですよね。
ミステリに逆張りするほど真剣な人は大抵ミステリのオタクなので(興味がない人は単に無視する)、そういう作品は「非ミステリ」ではなく「逆張りミステリ」になりがちです。この作品においても、確かにミステリの一般的な推理とは若干形態が異なるものの、推理とロジックの魅力が十分に引き出されています。「その手があったか!」というミステリ的な意外性も十分です。
……これは最近知ったのですが、推理シーンを長くて退屈なだけだと思っている人ってけっこういるらしいですね。私は生まれたときからミステリが好きだったので知りませんでした。もちろんこういうのは向き不向きがありますけど、とはいえ「最初に癖が強い品種や質の悪い安物を食べてしまったせいで、その食べ物自体嫌いになってしまう」みたいなのは悲しいじゃないですか。ミステリが苦手な人にこそ「虚構推理」を読んでほしいです。読んでなお「やっぱ推理って別に面白くないな……」となってしまうなら諦めがつきますし。
岩永琴子さんが萌え萌えだから。人外お兄さんもいるから。小説が苦手なら漫画版もあるから。漫画もどうしてもダメなら一応アニメもあるから(原作ファンからはあんま評判良くないけど……)。
是非。
ちなみに、「虚構推理」についても「結局辻褄を合わせられるような事件しか出てこないじゃん」という文句があるかもしれません。確かに、ミステリにおいて推理で解決可能な事件しか起こらないのは「偶然」すなわち作者の恣意によるものなので、そこを気にする人は「虚構推理」でもダメな可能性はあります。ありますが、そこまで言うとミステリ以外でもたとえば「主人公が逆転できるようなピンチしか起こらないのはご都合主義だ」というほとんど難癖みたいな文句が付けられてしまう気がしますね……