この本は以下の要素から構成されています。
簡単に言えば、亡命ロシア人が故郷ロシアの味をアメリカで再現しようとする話。
まず、文章がいちいち軽妙で愉快。私はクスっと笑える表現を文章にたくさん散りばめるタイプのウィットに溢れる文章が大好きで、この本の文章はかなり理想形に近い。作者も訳者もすごい。というかあの沼野充義先生が訳してるのすごい。私もこういう諧謔に溢れる文章を書けるようになりたい。
例えば、この本には「母国語のように愛しいタン」という章がある。ロシア語をやっている人ならピンと来る人もいるのではないかと思うが、元の題名は端的に"родной язык"だ。родной языкは母語という意味だが、роднойには「愛しい」、языкには「舌」という意味もある。
こういう言葉遊びを含めて、この本はとにかく秀逸。
ちなみに、明らかな駄洒落である「スメタナを勧めたな」の原題はсмысл сметаны(スメタナの意義)なので、これは訳者の遊び心。そもそも原作が洒落と皮肉、そして有名な詩や文学のパロディから構成されているので、こういう遊び心が違和感なく溶け込んでいる。
これは確かに料理エッセイだが、筆者の舌鋒は料理だけに向かうものではない。料理に絡めて、時には文明を批評し、時には文学や歴史を語る。まあ、そもそも料理は文化であるから、文化に言及せずに料理を語ることはそもそも不可能なのだが。
きつい文明批評を料理エッセイとユーモアのオブラートで包んだ……と表現するとちょっとまずいだろうか。読めば分かるが、筆者らの食に対する熱意というのはすさまじく、「テーマは文化論・文明批評です」なんてとても言えない。やはり、料理エッセイであり文化論や文明批評の本でもある、という説明が一番妥当だろう。
ああ、夜中にこんな本を読んで書評を書こうとした私が馬鹿だった。これでは飯テロを自分から食らいにいくようなものである。
レシピはちゃんと書いてあるので、料理に慣れた人なら作ることもできるだろう。私は残念ながら料理は得意でないので、おとなしくボルシチかペリメニを摩耶駅前水道筋商店街のロシア料理店(なんとресторанではなくмагазинである)で買ってこようと思う。あそこの店は安くて美味しくてマジで最高。